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平成22年曳山行事 幕洗川一区 | 土崎神明社

平成22年曳山行事 幕洗川一区

 

平成22年曳山
町内名
幕洗川一区
委員長名
佐藤 明広
曳山置場所
幕洗川一区町内会館前
外題
(ぞく)蹴散(けち)らす 麻呂子(まろこ)(しん)(とく)
見返し
オラホでは 事業仕分けで 曳山(やま)を出す
解説
用明天皇の代、河守荘三上ヶ嶽(現在の大江山)に英胡(えいこ)、軽足(かるあし)、土熊(つちぐま)という三鬼を首領とする賊が集まり庶民を苦しめたので、天皇は麻呂子親王(まろこしんのう)に征伐を命じた。
命をうけた親王は、七仏薬師の法を修め、兵を率いて討伐に向かった。その途中、商人が死んだ馬を土中に埋めようとしているのを見て、親王が「この征伐に利あらば、馬必ず蘇えるべし」と誓いをたて祈ると、たちまち馬は土中でいななき蘇えった。掘り出してみると俊足の竜馬であった。
親王はこの馬に乗り、生野の里を通り過ぎようとしたとき、老翁が現われ、白い犬を献上した。この犬は頭に白い明鏡をつけていた。親王はこの犬を道案内として雲原村に至り、ここで自ら薬師七躰を彫刻した。そして親王は、鬼賊を征伐することができれば七寺を建立し、この七物を安置すると祈誓した。
それから河守荘三上ヶ嶽の岩窟にたどりつき、首尾よく英胡、軽足の二鬼を討ち取ったが、土熊を見失ってしまった。そこで、先の鏡で照らしたところ、土熊の姿がその鏡に映り、これも討ち取ることができた。
賊退治を終えた親王は、神徳の加護に感謝して天照大神の神殿を営み、そのかたわらに親王の宮殿を造営した。鏡は三上ヶ嶽の麓に納めて犬鏡大明神と号し、仏徳の加護に報いるため、宿願のとおり七か寺を造立して七仏薬師を安置したという。
麻呂子親王は用明天皇の皇子で、聖徳太子の異母弟にあたる人物である。

 

 

会所開
           7月17日   午後6時00分

曳山写真

平成22年

写真提供  越中谷写真商会

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