令和4年度曳山行事 旭町二区

町内名 旭町二区
委員長名 村上 篤
曳山置場所 中央通り・千田肉店駐車場
外題 慧眼無双けいがんむそう 武神を凌駕りょうがす 蜻蛉切とんぼきり
見返し 副反応 若げふりこいで 重でがる
解説  天正18年(1590年)、小田原征伐のとき、豊臣秀吉は小田原城包囲を続ける一方で、本多忠勝ら別働隊を編成して武蔵にある北条家の属城を落とさせた。岩槻城は当時、北条氏直の弟・北条氏房が城主を務めていたが、小田原征伐では小田原城に詰めていたため、岩槻城は氏房の家臣・伊達房実らが籠城していた。
場内の兵力が手薄となっていた房実は、藁人形に甲冑をかぶせ、兵力を多く見せようとしたが、その藁人形に鳥がとまった。
これを見た忠勝はすぐさまそれを見破り、辻村の鎮守八幡神社境内で討ち入りの用意を始めた。しかし、目の前には水かさが増した荒川が行く手を塞いでいた。
そのとき、白馬にまたがった白髪に白装束を身にまとった老人が川を渡り対岸の森へ消えて行った。忠勝はそこに浅瀬があると兵を率いて突撃した。
白馬にまたがった老人は辻の八幡大菩薩であり、房実に敵の襲撃を伝えるべくしたことが、結果的に敵を招き入れる結果となった。
その後、岩槻城は包囲され三方向から攻撃を受け、房実は降伏した。

令和4年土崎港曳山まつり 旭町二区
ユーチューブ動画
https://youtu.be/1oBx6leHy7k


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