| 町内名 | 古川町 |
| 委員長名 | 鎌田 聖志 |
| 曳山置場所 | 雄物岸街区公園(かもめ公園) |
| 外題 | 絢爛七槍 夜叉穿つ 猛虎の一牙 |
| 見返し | まだ上がる コメの値段も 血圧も |
| 解説 | 天正十一年四月 羽柴秀吉と柴田勝家は亡き織田信長の後継を争い近江の国賤ケ岳で戦火を切った。 柴田方の猛将、夜叉玄蕃(または鬼玄蕃)と恐れられた佐久間盛政は破竹の勢いで次々と羽柴方の砦を陥落させるも加藤虎之助(後の加藤清正)ら若き七人衆の反撃により孤立、奮闘も虚しく敗走した 形勢不利と見た勝家は北ノ庄へ撤退 再起を図るも追い詰められ自害し天下の覇権は秀吉のものとなる。 この功績により七人の若者は賤ケ岳七本槍と称され後世にその名を大きく残した。 |
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